2024年3月、洋上風力発電のための風況観測に係る精度検証の自立運用を担う組織として、一般社団法人むつ小川原海洋気象観測センター(略称:MOC)が設立されました。MOCには、レラテック株式会社、一般財団法人日本気象協会、北日本海事興業株式会社、株式会社神戸大学イノベーションの4社が参画しています。
今回は法人立ち上げに関わった企業・組織と役員メンバーの鼎談を通して、MOC設立の背景や思いを3部作でお届けしています。第1部では、MOC設立の背景や試験サイトの今後の展望について話をしました。
第2部では、気象・海象観測技術の発展について、引き続き国立大学法人神戸大学・大澤教授、国立研究機関NEDO・大和田様、一般財団法人日本気象協会(MOC理事)・辻本の3名にて、それぞれ専門的な視点から語りました。
日本が抱える、観測技術の課題と海上研究プラットフォームの活用
神戸大学:洋上風況調査や洋上風力開発には多くの課題がありますが、フローティングライダーの技術開発がまずは重要だと考えています。
今後、日本は領海内だけでなく、水深が数百メートルになるような排他的経済水域(EEZ)へ洋上風力発電所の開発地域を広げていくことになりました。 しかし、その海域は現在メインの風況調査手法であるスキャニングライダーで観測可能な離岸距離を超えています。金融機関、認証機関が認めてくれるようなデータが取れる技術がないというのが現状です。
そのため、浮体の上に上空の風を測る鉛直ライダーを搭載した、いわゆるフローティングライダーを使った風況調査手法の確立が直近の課題となっています。
さらに、それらを開発する上で、揺れる浮体に載った測器の測定値が正確かを調べるのに必要な「真値」(固定された風速計にて正しく測定した値)を取れる試験サイトが必要になります。むつ小川原港の鉄塔は、これら浮体式の技術開発を進めていく上でも非常に貴重な設備であると思っています。
神戸大学:それから、気象だけでなく海象の観測技術も必要です。波や海流を測った時に、その精度を検証できる試験サイトも日本には少ないので、気象・海象共にむつ小川原のサイトで測れたら効率的だと考えています。
実際に、昨年2023年にサイトを仮運用していた段階でも、利用者の方が浮体式の波浪観測機器を持ち込み、良い精度でデータを取れることが分かりました。
排他的経済水域のような沖合海域では、観測場所に行くのでさえ非常に大変で、観測機器も波や台風で一度壊れてしまうとメンテナンスが難しく、欠測が続いてしまったりします。そのため、今後は岸に近い安全な陸側のサイトで技術を確立した上で、気象海象がシビアな浮体式洋上風力の開発現場に持って行き、1年間の観測を行うことになるだろうと想定しています。
むつ小川原洋上風況観測試験サイトが、それをできる基地のようなサイトになればと思っている次第です。
JWA: 大澤教授から技術的な課題のご説明があったので、追加で私が感じている課題を2点ほど。
1点目は、風車の規模がどんどん大きくなっていくことです。現在予定されているものですと、風車の中心までの高さは150mほどですが、現在の真値は60mまでしかなく、それ以上の高さの風をしっかりと測れているのか?という、リモートセンシングの基本的な精度検証がこれからは必須になると考えています。
2点目は、大澤教授も話されていましたが、リモートセンシング機器の観測期間ですね。1年間など連続して観測できるのが理想ですが、その間にも調子が悪くなってデータが取れなくなる欠測は、必ず発生します。それに対して現在は、沿岸に近い海域ですと陸上に別の観測機器を置き、そのデータで沖合の風況を推定・補完しています。
しかし、今後これがどんどん沖合へ離れていくと、そういったデータ欠測の補完方法が通用しなくなる可能性があります。そのような場合の代替方法やバックアップのアイデアを考えていくことも必要です。
NEDO:NEDO側として海外の状況を共有しますと、 DTU(デンマーク工科大学)は風況観測が盛んに行われており、地震があまり多い国ではないため高高度の風況マストを立てることが可能で、現在数百メートル規模のものの計画もあるという話を聞きます。
どんどん風車が大型化する中で、日本でも高高度における風況観測手法開発の重要性は高まっており、それに対する工夫を考えていかなければとNEDOも考えています。
海外での知見も含め、引き続き動向を伺いつつ、参考にできるものや将来的には連携して使用させていただくことも考えていけると良いのかなと考えています。そういった場でもNEDOの事業がうまく活用できるように画策していきたいなと思っています。
むつ小川原洋上風況観測試験サイトで、気象・海象観測技術の発展に寄与する
神戸大学:むつ小川原のサイト利用について、当初の想定は、サイト利用者が持参した測器の精度を確認するための観測場所として活用してもらい、観測期間の終了時にMOCが観測していたデータを利用者にお渡しし、その2つをサイト利用者側での比較検証に使ってもらうというものでした。
しかし、最近のサイト利用者へのアンケートでは、データは不要で、むしろ自分たちの持っている測器が充分な精度を有しているか否かについての第三者評価のレポートを試験サイトから発行してほしい、という声が増えています。
実はそういったレポートを作成する習慣は、ヨーロッパの文化の一つでありまして、複数の評価機関が存在していますが、そこで重要なのは”誰がその精度を評価したか”ということなんですね。金融機関や認証機関から見て、MOCって誰?という話では意味がない訳です。今後はそういった信頼を徐々に勝ち取っていくような試験サイトにしたいと考えています。
それから、地元貢献としても何かしたいです。神戸大学だけでなく、NEDO、日本気象協会、レラテックも青森からは離れているので、地元との繋がりがまだ薄いんですよね。MOCの名称にも、「むつ小川原」を入れているので、地元に貢献するような活動ができればと考えてます。(地元貢献の具体的な活動内容は第3部へ)
この辺りは内陸と海に出てからの風の吹き方が全く異なるので、風や水温、海中の流向・流速のデータは周辺の漁業関係者の方にとって、かなり参考になると考えています。地元への貢献という点においても、地元の皆さんに親しまれるサイトとして発展していきたいです。
JWA:JWAとしては、これから先は沖合のリモートセンシング技術の確立が必須だと考えています。
海外と日本では波の特性もまったく違うことから、日本では非常にシビアな条件下で観測することになります。観測機器の特性を反映したうえで、より正確なデータを取得するためのソフト開発など、これから解明すべき課題はたくさんあります。ただ、それをいきなり沖合で実証しても真値は得られないので、まずはMOCのサイトを利用して技術を確立していきたいと思っています。
基本的にこういった気象・海象データは、大体2年程の間でさまざまなエラーを検証しながら観測することになります。そのため、技術確立には1つのPDCAを回すのに2年から3年程度は必要かなと想定しています。また、MOCを利用した技術開発は必ずしも1つではなく、さまざまなテーマがあります。
理想としては、2、3年経って1つの結果が得られるだけでは、MOCの価値としては少し物足りないと個人的には思っています。データの第三者ステータスを上げるためにも、どういう行動をとって、新たなパートナーに向けてどういう枠でMOCの位置付けを行うかを検討していかなければと考えています。
NEDO:NEDO側も、やはり喫緊の課題としては、沖合いの風況観測をいかに低コストで、かつ正確に測れるかだと思っています。
海外ではフローティングライダーを導入していますが、日本の気象海象の状況は異なり、海のうねりも大きく、日本海側は特に雪や冬場の荒れた環境という非常に大変な中での測定なので、こういった技術を早々に確立しなければならない状況だと考えています。
NEDOとしても沖合の風況観測をしっかり押さえるために、できるだけ早く事業を立ち上げながら、技術開発や手法の確立に取り組んでいきたいです。そのような中でも、このむつ小川原の試験サイトは非常に重要な位置付けだと思っています。
辻本さんがおっしゃるように、やみくもに沖合で測定しても、真値もない中、その取れたデータをどう解釈するのかは非常に難しい。まずは、このむつ小川原でどういった補正の仕方をすればしっかり活用できるのかを検証しながらステップアップしていく、というのが重要だと思っています。
さらに日本の場合は、海外と比べて離岸距離が近い場所での開発が進んでいることから、乱れた風が多いことも分かっています。一ヶ所のデータを取ったからといって、それが数km離れた先でも同じと見なしていいのか。目安は10kmと言われてますが、もう少し離れていてもいいのか、むしろもっと近くないといけないのか…観測地点のサイト代表性がまだまだ検証不十分であり、洋上風力開発においてコストがかかるポイントでもあるため、観測コストを抑えつつも、精度を上げるための取り組みの在り方について、検討していきたいです。
そのためにも、日本としてはむつ小川原のような試験サイトを活用しながら、着実にデータを蓄積していくことが重要だと思っています。 こうしたプロセスを経て開発された日本発の観測手法が、世界で標準的に用いられる場面も想定され、そうした期待値は非常に高いと考えています。
むつ小川原洋上風況観測試験サイトを利用する関係者へのメッセージ
神戸大学:海の上で正しい風を測ることが非常に重要で、それが可能な試験サイトとして利用していただくことになると思います。 その上で、これが正しい値だと言えるものを常時取れるような、信頼していただける試験サイト運営を目指したいと考えています。
神戸大学、MOC、それぞれの関係者で頑張っていきますので、ぜひご利用いただくとともに、ご協力もいただければと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。
JWA:壮大な目標かもしれませんが、 さまざまなプロジェクトが日本沿岸で進み、これからも増えていく中で、日本各地の事業者の方にとってMOCが一つのハブのような場所になり、「このサイトで事業をしたよね」と実績や想いを共有できる存在になれたらとてもうれしいです。
NEDO:むつ小川原洋上風況観測試験サイトが、持続的にしっかりと活用されていくことが大切だと考えています。 維持管理も難しく変遷していく中で、ニーズがどんどん変わっていく現状があると思いますが、今は一つ一つ丁寧に風況観測していく時期だとも思います。また今後は、沖合全てのデータを実際に観測するべきなのか?なども含めて、検証していく必要があると思っています。
それらを着実に検証する中で、洋上風力導入に向けてよりコストを低減できるような提案がきっとこのサイトを通じて出てくるのではないかと考えています。それに賛同・ご理解いただき、ご協力いただける仲間が増え、国内でしっかりと洋上風力の拡大に向けて共有できるサイトになってくれると期待しています。
さまざまな技術開発が進んでいく中で、NEDOとしてもそこをサポートしていきます。アイデアをぜひお寄せいただき、このサイトを活用いただいて、より発展していける将来が見えればと思いますので、ぜひよろしくお願いいたします。
(執筆:松野 取材/編集:佐々木)