2024年3月、洋上風力発電のための風況観測に係る精度検証の自立運用を担う組織として、一般社団法人むつ小川原海洋気象観測センター(略称:MOC)が設立されました。MOCには、レラテック株式会社、一般財団法人日本気象協会、北日本海事興業株式会社、株式会社神戸大学イノベーションの4社が参画しています。

今回は法人立ち上げに関わった企業・組織と役員メンバーの鼎談を通して、MOC設立の背景や思いを3部作でお届けします。
第1部では、国立大学法人神戸大学・大澤教授、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)・大和田様、一般財団法人日本気象協会(MOC理事)・辻本の3名にて、それぞれ専門的な視点からMOC設立について語りました。

プロフィール

国立大学法人神戸大学 海事科学研究科教授 大澤輝夫

気象学をバッググラウンドに持ち、岐阜大学の工学研究科に2000年から4年間在籍し、環境エネルギー関係の研究に携わる。その後、2004年から現職の神戸大学の海事科学研究科に所属し、海に関係する研究に携わるようになる。現在は気象とエネルギーと海を掛け合わせた洋上風況調査等を中心に研究。

国立研究開発法人NEDO 
新エネルギー部風力・海洋グループ 主任研究員(対談当時)大和田千鶴

東京農工大学大学院工学府生命工学専攻にて博士(工学)取得後、大阪大学大学院理学研究科、大阪大学大学院工学研究科、東京大学大学院農学生命科学研究科にて特任研究員を勤めたのち、神戸大学自然科学系先端融合研究環の助教授に着任。2017年に国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)に入構。環境部主査、新エネルギー部主査を経て、2022年7月より新エネルギー部風力・海洋グループ主任研究員に着任。

一般財団法人日本気象協会(JWA)顧問 / MOC理事 辻本浩史

土木分野をバックグラウンドに持ち、一般財団法人日本気象協会にて常務理事としてビジネス部門を担当したのち、顧問を務める。JWAでは、気象・海象における事前調査や観測データの取得・解析、それに基づいた24時間365日運用可能なシステムの構築など、洋上風力ビジネスの拡大に必要とされる技術の全てを担い、一貫したサービスを提供している。

むつ小川原洋上風況観測試験サイトとMOCの設立背景

神戸大学:2019年から開始した、洋上風況調査手法の確立を目指して実施されたNEDO事業が2022年に終了し、その後2023年にかけてNEDO「洋上風況観測にかかる試験サイトのモデル検討・構築」事業が行われました。この観測サイトは、青森県むつ小川原港湾内に精度検証が可能な国内一例目の試験サイトとして整備されました。そして、2024年より神戸大学は、誰もが洋上風況観測装置の検証ができるサイトとして、むつ小川原洋上風況観測試験サイトの自立運用を開始しました。

また、サイト利用者との間で迅速なやりとりを行うため、さらには今後の展開を臨機応変かつ効果的にしていくためにと法人化、MOCを設立しました。

JWA:MOCではサイトの管理、運営、窓口や現場の対応を担う予定です。役員にはNEDO事業に参画していた、レラテック株式会社をはじめとした民間企業、私たち日本気象協会が加わっています。みなさまの声を聞きながら、利用者の方々と国の洋上風力開発にとって、最適で有意義な形になるような運営をできたらと考えています。

神戸大学:この試験サイトは、洋上風況観測装置の精度検証を目的にしています。これまでNEDO事業にて洋上風況調査手法の確立を進めてきましたが(以下、前NEDO事業)、その中で取り上げられたのが、光を上空に照射して大気からの散乱光を観測するドップラーライダーを使用したリモートセンシングでした。

ヨーロッパは海が浅いため、風況観測鉄塔による直接観測が可能ですが、日本の場合は鉄塔が建てられないほど海底が深いという課題がありました。さらに漁業関係者をはじめとして海域利用者が多く、環境への影響を考えると従来のような鉄塔を使用した観測は困難です。そこで、ドップラーライダーを使用した風況観測が期待されました。

しかし、これはまだ10年にも満たない新しい技術であり、実際に測れるかどうかは不確かさが残ります。そこでNEDO事業において、これらのドップラーライダーが従来の風況観測鉄塔に代わり得るものであるかの検証がむつ小川原港で行われました。

その結果、ドップラーライダーでも洋上風力調査が可能であることが明らかになりました。その手法をまとめたNEDO風況調査ガイドブックが2023年に発行され、現在関係者はそれに沿って観測をしています。ガイドブックの発行で洋上風況調査に対する当面の国の方針が定まったため、洋上風力開発事業者の方の事業性の評価が可能となり、認証機関や金融機関に対しても有効になりました。

ただ、これらの機器は非常に高額で、例えばスキャニングライダーですと、1台数千万円から1億円ほどかかります。また、それぞれの特性や技術的に習得するのに時間がかかるため、すぐに現場で使えるわけではないんです。

測る側の技術を高めることに加えて、実際に正しく測れるかどうかを検証するための試験サイトが必要になるのですが、誰もが使える試験サイトと観測データを公開する仕組みが日本にはありませんでした。
これら全ての課題を解決し、日本の洋上風力発電をはじめとする、再生可能エネルギーの導入促進に一役買うことができればと、今回のMOC設立とむつ小川原洋上風況観測試験サイトの自立運営に至りました。

日本初の試み。オープンに誰もが使える試験サイトを運営するMOC設立に対する想い

NEDO:むつ小川原の試験サイトの構築についてですが、公に皆でオープンに使えるサイトは日本で初めての試みであるということで、とてもユニークだと考えています。 

前NEDO事業では、構築した着床式の風況観測の手法確立が、日本だけでなく世界からも期待値があると感じ、ガイドブックでも公開いたしました。

その次のステップとして、こうして形にできた試験サイトを、さらに関係者の皆さんにオープンに使っていただける環境が整ったことは、エネルギー業界の未来においても大変良いことだと思っています。
海外とは異なり、日本には一般利用可能な試験サイトがなかなか無く、海の上で直接風況を観測する手法については特に難しい部分もあるため、このサイトに期待されることは非常に大きいと考えています。

これから日本での洋上風力発電の導入は、着床式から浮体式に拡大していくと思いますが、NEDOとしては今後、沖合の風況観測の手法確立もしていかなければいけないと思っています。中でもフローティングライダーをうまく活用する手法の確立は重要であり、堤防の上にある風況観測タワーのような、固定式のものでしっかりと検証ができるのはすばらしい環境だと感じています。

海外でもこのようなユニークなサイトはそれほど多くないため、海外からも期待されている点かなとも考えています。日本はこういった分野でも、しっかり世界をリードしていけるだけのポテンシャルがあるのではないかとも思っています。

そういう意味でも、このサイトが実運用のフェーズに移っていく、社会実装に繋がっていく節目に立ち会わせていただけること、非常にうれしく思います。

JWA:私たちは、それぞれの企業が観測データを持っていても、それをシェアできる環境がなく、国内の洋上風力を発展させていくためにみんながWin-Winになれる環境が必要だったのだと考えています。

今後の発展において特に大切なのは、国内の事業者の方、あるいは海外の事業者の方、 それから投資家の方々も含めた構造を考えていくことだと思っています。

そういう人たちが日本の洋上風力市場の発展を見るときに、風況観測の手法が確立してない、認証も取りにくい、というような技術的なボトルネックがあったとしたら…確実に困りますよね。開発のスピードが落ちますし、 事業者側からすると開発への意欲もあまり湧かないなと思われてしまう。それらを防ぐためにも、MOCのメンバーとして技術的なボトルネックをスピード感を持って解決したいと考えています。

財源面での課題は大きいが、日本の未来のためにも業界全体で推し進めていければ

神戸大学:実はこのような公開されたサイトの試みは、NEDO事業の期間中にもボランティアベースで行っていました。というのも、ガイドブックの作成に向けて国のNEDO事業に参画していた一方で、民間の事業者さんから「すぐにでも自分たちの持っている機器を確かめたい」というニーズの声が、非常に多く届いていたのです。

神戸大学としてはNEDO事業のスピンオフ的な企画だったので、そこまでリソースを割くはずではなかったのですが、利用される方々からご要望を数多くいただき、それらの対応に予想外に多くの時間を取られました。そこが苦労したと感じた点です。

このような紆余曲折を経て、前NEDO事業の終了後に正式に公開試験サイトを作ることがNEDOさんの公共の事業として認められました。今回の事業では観測設備の整備もスムーズに進みました。

ただ、事業期間が終了すれば、国からの補助がない中での自立運用になります。サイト利用者から利用費をいただきながら、メンテナンスや管理をしていくわけですが…こういった厳しい環境の中にある大型の設備を維持管理することはお金がかかるんですね。

正直な話、年間4,000万円から5,000万円、あるいはそれ以上の運営費用がかかりそうだと想定しています。それをサイト利用費だけで賄うのは厳しいので、国のプロジェクトを誘致したり、民間との共同プロジェクトを立ち上げたりなど、試験サイトを継続するための努力を今後していかなくてはならないと考えています。

NEDO:大澤教授のおっしゃる通りで、日本としても、こういったオープンなサイトがあることは重要だと思っています。

NEDOの通常事業は、他社の企業の方がビジネスに繋がるような活動を支援させていただくケースが多いのですが、今回は、公益性があり、運用に対しても持続的なスキームになっていく必要がある事業でした。

気象も海象も厳しい、青森県むつ小川原港の野外にある試験サイトを、膨大な維持費がかかる中でどうすれば実運用のフェーズに持っていけるか。私たちも一緒に悩ませていただきました。 現在、NEDO事業の方は無事に終了して、次のフェーズに進めたことは非常に喜ばしい限りです。ただ、今後はこれをうまく発展させて、より効率的に日本の洋上風力導入支援に繫がるようなサイトとして発展させていく必要があります。

その点については、今後もNEDOとしてできる限りのフォローをしていきたく、議論させていただけたらと思っています。

JWA:今後、安定的にこのMOCを運営していくためには、多くの利用者の方に来てもらわないといけません。そのためには日本の洋上風力市場がさらに盛り上がり、いろいろな事業者の方が、むつ小川原海洋気象観測センターに集まってくるような施策が必須だと考えています。業界関係者の方々にも、積極的に関わっていただけたらありがたいですし、そういったムーブメントを起こすことで、必然的にこの試験サイトやその役割についてステータスが上がればと願っています。

(執筆:松野 取材/編集:佐々木)

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